(長崎のハウステンポスで撮影)
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《新米区議会議員のひとり言》
新人議員のひとり言を掲載しています。
平成19年3月
平成19年3月4日(日)
《今日は出産予定日》
今日で40週に入り、陣痛を今か今かと待っています。2月22日から港区議会第一回定例会も始まりました。家にいてもいつ出てくるかわからないので重いお腹で議会に通っています。
6月に妊娠がわかってからのこの期間はとても長かったです。2月の連休からもう正産期に入り、そろそろかと思っていたのが結局予定日になっても産まれてこない状況です。私の通っている虎ノ門病院は自然分娩なので、産まれてくるまで待たなければいけません。4月15日から始まる区議会選挙を考えながら、私たち夫婦の一日も早くという思いは結局は子どもには届かなかったようです。外にでるよりお腹の中の方が居心地がいいと思っているのんびりやさんの女の子です。
1月は新年会にできるだけ出席しました。1月後半から出産の準備をしました。 おととし出産した妹やまた、まわりの出産された方々からお下がりをいただき、自分でそろえるものは少しでした。でも、おむつやら消耗品やら通販で購入しました。臨月に入ると病院も毎週一回通います。妊娠中もお金がかかるものです。
さて、議員という仕事は、特別職で給料制ではなく、報酬をいただきます。そのため、産前産後休暇もないし、育児休暇もありません。それは個人個人の判断で休んだりはできるのです。自分で産前休暇を取得しようと思うと休むことは可能です。ここはサラリーマンの方々とは違います。例えば、育児休暇で休んでも、給料ではないので報酬は減額されることなく、振り込まれます。社会保険には入れないし、国民健康保険と国民年金に加入しています。また、雇用保険はもちろんなしで、選挙に落選しても失業保険をもらうことができません。議員年金という制度に加入していて、(強制的)、8万程度報酬から天引きされています。
港区では、出産費用の助成として、国民健康保険から一時金35万円、また、区の助成として15万円、合計50万円が助成されます。少子化対策として嬉しい制度です。港区は、マンション等の建築により、昨年度より今年度の出生数が800人増加しているとのことです。まちで見かける妊婦さんも増えました。
少子化が少しでも加速しないようにと思って、私も議会に様々なことを提案し実現してきました。
私たち夫婦は結婚して4年目になります。この3年間、議会中に出産があたらないようになどと考えてきましたが、結局は子どもに恵まれることなく、月日ばかりが過ぎていき、昨年2月に不妊治療の先生にめぐり合いました。芝公園にある「かみやまクリニック」です。そこでようやく妊娠することができました。昨年5月の治療は、排卵誘発剤を飲んだり、卵管造影検査もしました。人工授精で妊娠できなかったときは、本当に落ち込みました。不妊治療をして子どもが授かる方も多いこととは思いますが、しかしながらなかなか恵まれない方も多いです。保険がきかない治療には高い治療費がかかります。昨年、不妊治療の助成について質問しました。4月からの予算で港区では、30万円を万円を限度に助成することとなりました。所得制限なしです。国の助成は所得制限がありますが、来年度から拡大して年20万円になる予定です。この20万円を控除しての助成です。特定不妊治療に限定されますが、悩んでいる方々へ少しでも応援できればと思います。
この4年間、多くの方々に支えていただき今の私があると思っています。区議会議員の仕事は、悩んでいる方々の悩みを少しでも解決できる手助けができたり、区民の方々の要望が形になったときが一番嬉しいことです。私はそんな方々がいる限り、この港区で頑張っていきたいと思っています。
出産を控えていると区民の方々にも「選挙どうするの?」と聞かれたりしました。これからは子育てと仕事の両立ですが、子育てしながら気がつくことが沢山あるのではないかと思います。私にしかできないこと、これからも多くのことを実現していきたいそんな気持ちでいます。
また、私の夫である「鹿倉泰祐」さんにも感謝しています。結婚してからずっと私を支えてくれました。議員の先輩としてもまた夫としてもです。新人である私には、家に家庭教師がいるようなもので、「これはどう思う?」なんて議案のことも相談をしながら活動してきました。議会の質問にしても、彼は私に自分の考えを押し付けることはなく、資料や文献を読むように参考資料を持ってきたりしてくれました。出産後の選挙のことについても、出ることが当たり前、続けることが当たり前のように私の考えを尊重してくれました。
今日の新聞で、「鹿倉泰祐」さんの記事が掲載されました。「区民が主人公の文京区を創る会」で区長選挙に擁立するというものです。区長が引退されることから、区長選挙の話がでてきました。彼は子どもが生まれることもあり考えてもいなかったようです。私は、区議を20年経験させていただいて、また、普段の彼の活動を見ていると、文京区に本当に必要な人だと思います。これだけよく仕事ができるなあと思ってきました。また、かなりの勉強家です。時間がある時は読書、港区の資料にも目を通して参考にしています。文京区は港区と比べ、福祉の施策ひとつみても支援が少ないです。子育て支援にしてもそうです。区役所の建物はきれいだけど、それでけでは、区民の暮らしを守ることにはなっていないのではないでしょうか。
これから出産すると家族も増えます。大変なこと沢山あると思います。しかし、政治にかかわるものとして、必要とされているときに頑張ってほしいと願っています。一番の応援者のつもりでいますが、私には何にもできないことが残念です。
今日の日記は、出産前で様々なことを書いています。今日も陣痛を待っているのですが、まだありません。これから出産ですが、不安なことも多くあります。分娩は大変だと聞いているのですが、すべてのお母さんが通ってきた道です。私も頑張らないといけません。
この4年間、議員として活動できたこと、本当にまわりの方々に感謝しています。笑ったり、悩んだり、考えたり、嬉しかったり、思い出すと様々なことがあったように思います。でも、一つひとつ乗り越えてきたのは、多くの方々のおかげです。秋田で産まれて、この港区で議員活動ができること、私の誇りの一つです。これも皆様のお陰だと感謝しています。
あさっての19年度予算特別委員会で民生費の審議に質問通告しています。20分間の限られた時間ですが、保育園の待機児の問題について質問し、提案していきたいと思っています。その頃には、出産しているかどうかわかりませんが、議員として与えられた時間を大切にしていきたいと考えています。
平成19年3月5日(月)
《平成19年予算特別委員会》
今日は金曜日に引き続き、予算特別委員会の総務費の審議です。明日の民生費については、午前中に質問を提出しました。
議会に出席すると、何故か子どもがよく動きます。議会を楽しんでいるのか、休んでほしいと思っているのかわかりませんが、いつか大きくなったら聞いてみようと思っています。
平成19年3月6日(火)
《妊婦健診》
予定日を過ぎても産まれないため、今日も妊婦健診へ。先生に来週はこの場所で先生にお会いしたくないといっていたにもかかわらず、外来での健診となりました。一体いつになるのか。
《予算特別委員会》
今回の議会で「どうしてもこれだけは聞いておかなければいけない」と思ったのは、民生費の款の『保育園の待機児』についてです。なんと2月の入園の締め切りにおいて、来年度4月からの入園申し込み者と内定者の数から、待機児が513人もいるのです。ちなみにゼロ歳児は、63人です。0歳というのは、4月の入園でまだ0歳の子どもになります。これから産まれて来る子どもにおいては、産休あけ保育では、全く入園できないことになってしまうのです。
質問内容については、こちらにありますが、今年の4月からは、港区では、公立・私立の保育園では、昨年度より280名の定員拡大を行なったにもかかわらず、513人が待機児です。これは明らかに港区が出生数の推測が誤っていたことになります。
他の質問においては、改選後の機会がありますが、保育園の待機児においては、早急に来年度補正予算を組んでも対処していかなければならない緊急な課題だと考えました。しかも自分にしか質問できない問題です。何があっても今日だけは、議会に行きたいという思いで質問にたちました。子どももそれをわかってくれたようで質問が終わるまで落ち着いていてくれました。
質問の答弁は、補正予算を組んででも取り組んでいくとのことでした。
《鹿倉泰祐出版記念会》
質問終了後、少し自宅で休んでから、文京区の千駄木小学校で行なわれた「鹿倉泰祐出版記念会」に行ってきました。いつ出産になるかわからない私は、鹿倉の妻として選挙前できることはここで皆様にお願いすることだけだと思い、会場へと向かいました。夫である鹿倉たいすけは、文京区議会議員として5期20年間仕事をさせていただきましたが、4月の選挙で、無所属で文京区長選挙に立候補をすることとなりました。他の議員(国や県や地方自治体を含む)は、選挙のときは大体家族総出で活動するものです。しかしながら、私は自分の選挙もあり、出産もあり、、全く手伝いすらできません。文京区の選挙では投票もできません。夫が人生で大変な選挙になるというのに何にもできない妻です。申し訳ない気持ちで一杯です。何としても今日という一日だけは、陣痛が始まらないでほしいと願うことしかありませんでした。
無事終了。一安心しました。
平成19年3月7日(水)
《さすがに…》
昨日、衛生費の質問を取りやめをしたのですが、今日はさすがに昨日の疲れがでてぐったり。委員会はお休みをしてしまいました。やはり、事務局や委員長含め関係者の方々も出産予定日が過ぎていることもあり、心配をしてくださり本当に申し訳ありません。
平成19年3月8日(木)
《入院》
夜中からお腹が痛くなってきて、そろそろ陣痛かなと思い、また、朝トイレにいったところ破水のようなものがあり、病院に電話をしました。もしかして破水かもしれないので病院にくるようにとの指示があったのですが、2月にも破水と間違えて病院に行ったので、少し様子をみようと思っていました。病院から連絡があり、夫と2人でタクシーで病院へ。検査の結果、やはり破水でした。即、陣痛室へと入院となりました。
破水したのなら、もう出産かな?なんて思っていた私は、一日たっても陣痛がおきませんでした。結局、明日、陣痛促進剤を使用するとのことで、陣痛室で一晩眠りにつきました。破水の場合は、絶対安静です。
平成19年3月9日(金)
《運命の日 出産》
午前9時頃から先生が説明にいらして、陣痛促進剤の点滴をすることになりました。もしこれで陣痛が始まらなければ最悪の場合、明日、帝王切開もあるかもしれないということで今更手術も困るなあと思いながら、点滴をうけました。11時頃から激しい痛みが襲ってきました。しかし、初産は陣痛が長いと聞いていたので、まずはお昼をしっかり食べておかなければと昼食を残さず食べました。その後、陣痛がさっきよりすごく痛みが増してきて、午後2時頃の先生の診断で、子宮口が全開で分娩室に移るとの声が聞こえてきました。その少し前に助産師さんが「パパに連絡してください」との声があり、議会中の夫に連絡をしてもらいました。酸素マスクまでつけられて、私死んでしまうのかしらなんて思ったりしましたが、とにかく痛いのです。すぐに分娩室に移動し、午後2時36分に女児が誕生しました。分娩台でいきんだのは、確か3回位だったと思います。3回目にははるかが産まれてきました。何だかあっという間の出来事でした。気がつくと、3回目にいきんだ時、夫が隣にいてくれました。どうやら出産に間に合ったらしいです。立会い出産を望んでいた私と、立会いはいやだと拒んでいた夫ですが、助産師さんからの電話をするようにという指示でかけつけてくれたようです。はるかを抱き上げたときに涙がでてきました。嬉しかったです。ずっと会えることを待っていたからです。子どもを産んでみて、ようやく夫と本当の家族になった気がしました。
2時間分娩台で休み、その後、陣痛室へ戻りました。そして、病棟へ。出産当日はなかなか眠ることができませんでした。
阿部 陽夏(はるか)3,528グラム 女児 パパそっくりな女の子です。

平成19年3月10日(土)
はるかが産まれて1日目。今日から母乳の指導がありました。小さい身体を抱き上げることが難しかったです。私の子どもと思うと改めて涙がでてきました。
昨日、出産したばかりなのに、身体は動ける状態。でもお腹が空洞で力がはいりません。
平成19年3月14日(水)
《退院》
昨日、私の退院許可がでて、今日は娘の許可があり、母子ともに無事退院しました。家に帰ってやることが沢山で寝ている暇などありません。病院では、布団をあげるまで3週間程度はゆっくりといわれていたのですが、全く落ち着かない日でした。
平成19年3月15日(木)
《初めての沐浴》
妹の指示を受けながら初めて沐浴をしました。病院や両親学級で習ったもののなかなかうまくいきません。
新米ママは慣れるのに精一杯。
平成19年3月19日(月)
《ようやく》
昨日まで選挙の準備やはるかのお世話で追われていて、今日からどっと疲れがでてきました。気がつくと出産してから全く休んでいない状況でした。病院でも3時間ごとの授乳、家に帰ってきてもなかなか休む時間もなく、また、ごはんをゆっくり食べる時間もなく、大忙し。体重は出産直前から早くも10キロ痩せました。でも妊娠前よりはもう少しかかりますが、それにしても今日は熟睡。よく眠った一日でした。
平成19年3月21日(水)
《退院から1週間》
早いもので退院から1週間がたちました。明日から都知事選挙がはじまります。ホームページの更新も今日までとあわてて更新をしようとしています。選挙の投票日まであと1ヶ月。あせる気持ちはありますが、今はまだ外にでることもできずにいます。明日の大安にはるかの出生届けを区役所に提出してきます。
だいぶ、育児にもなれてきました。夜中に大泣きする娘にはまいっていますが、これもきっと理由があることだと思っています。
娘の顔を見ていると、可愛いなあという気持ちになります。また、ずっと育てなければいけないという責任感に重い気持ちになることがあります。でも、子どもがほしいなあと思ってようやく授かったはるかです。3月9日というサンキューの日に産まれてきてくれました。育児も日々勉強です。
母になって、これからもっと気がつくことが沢山あると思います。この4年間多くのことを勉強させていただきました。私は私にしかできないことをこれからも区議会議員として提案していきたいと思っています。また、子育てをしながら議員をすることによって、もっと多くの声が聞ける、また理解できるように思います。
娘には、こんな両親で申し訳ないなあと思うこともありますが、これも私たちのところに彼女が選んで来てくれたのではないでしょうか。そんな風に考えています。
平成19年3月22日(木)
《出生届》
大安の今日、港区役所に出生届を提出してきました。久しぶりに外へ出た私、出産以来の議会の控え室も行きました。昨日、着てみた妊娠前のスーツも無事入るようになりました。妊娠中はこれが心配でした。もし、スーツが入らないと選挙のときに着る服がないからです。妊娠中にクローゼットをすべて入れ替えしてしまい、下着等を探すのも一苦労でした。これは必ず妊娠中に変えておくべきでした。役所で出生届を提出してから、国民健康保険の手続き等、窓口を3箇所まわりました。一仕事を終え、自宅に戻ると久しぶりの外出にちょっとぐったりしました。無事にはるかに戸籍ができました。
《都知事選挙》
今日からいよいよ都知事選挙が始まりました。この選挙が終わったらいよいよ港区議会選挙がはじまります。あせる気持ちはありますが、現在は、はるかの子育てに追われています。出産してから6週間で選挙が始まるなら、せめて3週間は娘をみていたいと思っています。
平成19年3月23日(金)
《2週間》
出産してから2週間がたち、ようやく沐浴も上手になりました。また、だんだんコツもつかんできました。しかしながら、新生児がいて、選挙の準備におわれ、家事もして、いっぱいいっぱいの自分がいます。育児書をかかえながら、出産前にやっておけばよかったと思ったことが沢山ありました。例えば、洋服の入れ替え、退院から帰ってきてすぐに育児ができる準備、これが一番大事だったと思います。子どものオムツや着替えをまとめておくのではなく、使えるようにセットしておけば、退院からすぐに自宅で育児にスムーズに入ることができました。私の場合は、家に帰ってこれから始めたので、もう大忙しでした。主に母乳では育てていますが、時にはミルクも必要です。哺乳瓶もそれぞれ使いやすさがあるし、オムツは数々の種類を用意しましたが、お気に入りがでてきます。それにしても子育てはまったなしです。でも何とか無事に2週間がすぎました。
平成19年3月27日(火)
《娘の世話》
退院して今までの間、家事も育児もひとりでこなしてきました。後の3週間を考えると集中して今は子育てをしっかりしたいからです。授乳、沐浴も安心してできるようになり、これからの3週間をどうするか、誰にみてもらうかがまだ決まっていません。シッターさん?妹が資料を持ってきてくれたのですが、お願いする時間と期間を考えるととてもではありませんが、経済的負担が大きすぎました。港区の派遣型一時保育にあわてて電話をし、選挙の期間と準備期間の間の4月5日から来てくれる人がみつかりました。昨日まで娘を期間中見てくれる人がいないと一番の悩みがまずは解決しました。しかし、5日までの間をどうするのか考えていかなければいけません。新生児は1ヶ月健診が終わるまで外にだすことはできないし、一安心でしたが、更なる悩みが…
平成19年3月30日(金)
《幹事長会》
はるかをとりあえず、母にお願いし、幹事長会に出席しました。こういった会議も選挙が終わるまでもうありません。そう思うと差し迫っている現実にまたまたあせりがでてしまいます。退院してから家では、娘が眠ったのをみて、すぎにパソコンにむかい、仕事をしていました。しかし目がさめて、泣かれるとこれで仕事は中断。明日までの急ぎの仕事なのにと思ってもなかなかそうはいきませんでした。洗濯物を干しに行っても、大泣き。まだまだお腹からでてきたばかりなので不安なのかもしれません。幹事長会のあとは、「あいぽーと」へ登録へ。これでひとまず派遣型一時保育の手続きは完了しました。これからの自分の日程、娘の日程、また選挙のうぐいす日程と3つを作成していたら、少し頭が混乱してきました。それにしても生後3週間で日程を作成される新生児とはかなり気の毒です。退院してからの間、家の方にもはるかの顔を大勢の方が見に来てくれました。最近は眠っている時間より起きている時間も長くなりました。これがまた大変なのですが…


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